クルマじゃないハイブリッド、の未来。

量子コンピュータはいつできる?

2019.10.07

クルマじゃないハイブリッド、の未来。

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2つ以上の物理系をつなぐハイブリッド

このような量子情報におけるハイブリッドを推進するプロジェクトとして、大野教授も参加する「文部科学省新学術領域ハイブリッド量子科学(2015〜2019)」が進められている。その領域代表者を務める東北大学の平山祥郎教授は、プロジェクト推進の立場から「ハイブリッド」というテーマを追求する。

平山教授は言う。「これまでたとえばスピンならスピンという単一の専門性から、それぞれの量子ビットをつくる研究が行われてきました。みんなそれぞれに2、3量子ビットぐらいまでコントロールできるようになったという状況ですね。」量子的な状態は自由度が高い反面、非常に壊れやすく、その状態を保持することが極めて難しい。このためこれまで研究者はそれぞれが専門とするひとつの物質、ひとつの系に集中して、やっとコントロール可能にしてきた経緯がある。

「しかしこれから重要なのは、1つの材料や系を量子的に取り扱うだけでなく、2つ以上の系を適材適所に組み合わせる「ハイブリッド」です。そこでわれわれは電荷、スピン、フォトン(光子)、フォノン(音子)といった量子系をつなぐ研究で世界的な成果を持つ研究者を集め、共同研究を大いに活性化させてきました。プロジェクトを通じて、おもしろい量子デバイスがいろいろと出てきています。」

大野教授の量子と古典のハイブリッドとは異なり、平山教授が言うのは、たとえば電子スピンが持つ量子的な状態をそのまま光に移動させるというように、量子性を保ったまま別の系へ遷移させるハイブリッドだ。電荷からスピンへ、フォノンからフォトンへ組み合わせは無限にある。

「僕自身、半導体の研究にずっと取り組んできた」という平山教授は、かつては大学のカリキュラムも学会も「半導体、超伝導というようにそれぞれ分かれていた」と振り返る。「新しい研究領域がこんなふうに生まれ、変わっていくのだということを、僕らは身をもって体験してきました。学術の中に、今やはり量子情報という新しい領域が建設されつつあるし、一方でその応用は産業界へ急速に広がりつつあります。」半導体と超伝導、産業界と学術といった「人のハイブリッド」も成果のキーになっているのだ。

量子コンピュータを待ちながら

ところで、ひとくちに「量子コンピュータ」と言っても、中には量子アニーラと呼ばれるもののように特定の用途にしか使えないものもある。本シリーズで扱う研究開発がターゲットとしているのは、基本的に「汎用」で、規模を拡大できる「拡張性」を備えたデジタルなマシンを指す。なぜなら、それが欧米、中国をはじめ世界の量子情報研究拠点で開発競争が熾烈化している「量子コンピュータ」に他ならないからだ。

平山教授は言う。「人によっては汎用デジタル量子コンピュータなんてまだまだ先の話だ、とおっしゃる方もいます。確かに大規模量子コンピュータの実現はすぐとは言えないけれども、そんなに大規模でなくても、複数の量子系をうまく結合させていろいろな量子デバイスを実現することができる。これが理論班の根本香絵教授(国立情報学研究所)が提唱する「Quantum Enabled Technology(量子生まれの技術)」ですね」

「量子生まれの技術」とは、古典とは異なる量子的な性質を中心的な原理として動作するシステムのことだ。実現の難易度が高いため、最初は小規模でも、それは来る汎用デジタル量子コンピュータの要素技術を準備する。「プロジェクトで開発したハイブリッドのシステムが、今後、量子コンピュータの演算部やメモリー部にそのまま利用されるといった展開も十分期待できます。この意味でわれわれの取り組みは、将来の量子コンピュータへ向けた大きな量子技術の基礎研究という価値があるのです。」と、平山教授は言う。

そればかりか、むしろ大規模でないからこそ、今の社会に必要な高精度・高精細を手軽に応用できる面もある。「たとえば高感度センサーなどは、すぐにも世の中に役立てられる一例ですね。」

大規模量子コンピュータの実現は、長い間、Holy Grail(聖杯)と呼ばれてきた。しかし、当然のことだけれど、量子コンピュータの探求はまぼろしを追うことではない。今日ますます実感されつつあるのは、古典コンピュータと同じように量子コンピュータもまた、さまざまな新しい技術が開発され、結集されてはじめて組み上がるということなのだ。量子的に動作するバリエーション豊かな「量子生まれの技術」が、古典ではできなかった新しい高性能を活かし、社会のニーズに沿ってさまざまなイノベーションを起こしつつある。この世界的な大きな動きの先に、いわば必然的に、量子コンピュータができてくるだろう。

ハイブリッドはそれを牽引する技術トレンドなのである。

取材・文:池谷瑠絵
 取材協力:大野圭司、平山祥郎、根本香絵
 写真(特記外):河野俊之