量子情報の最先端をつたえる
Interview #003

廣畑徹 室長代理 浜松ホトニクス株式会社
公開日:2012/11/16

まだ価値の判らないものを提案し「価値創成」を担う大学や研究機関の一方で、世の中のニーズに応えて研究開発を続ける企業の研究所では、量子領域へのどんな取り組みが進んでいるのでしょうか。そんな最先端技術を担う企業の研究所の中でも、「スーパーカミオカンデ用20インチ光電子増倍管」を手がけ、さらにこの技術がヒッグス粒子の検出に使われるなど、常に新しい現象の発見や解明につながる技術を担ってきた浜松ホトニクス株式会社。一企業というわくを超え「産業創成」という目標を掲げる、同社中央研究所材料研究室の廣畑徹 室長代理にお話をうかがいました。

【1】量子から逃れることはできない

どんな物理の中にも量子論が必ず入っている

われわれは、量子とは何かというよりも、量子の世界で使える、活躍できるようなものを作っていかなければならないという立場で研究しています。どんな研究をやっていても、どういう物理の中にも、基本的には量子論というのが必ず入っている。そういう意味で、量子から逃れることはできません。特にわれわれは光を扱っていますから、光を受けるにしても出すにしても、量子ということを考えなければならない。たとえばレーザー光などはもう、量子のかたまりですからね(笑)。

原点は「光をつかまえる」ということ

われわれは、もともと「光をつかまえる」というところからスタートしているんです。最初は──創業60周年になりますが──明るい、暗いといったとらえ方で、それがだんだん高感度になって、フォトン(光子)1個1個がどの位置に入ったのかを、二次元でつかまえられるような計測器をつくるようになっていきます。すると、光をほんとうに弱くしていくとどういう現象が出てくるのかが、だんだん見えるようになってくる。そのあたりが、量子の世界への入口でしたね。複数のスリットを通った光がスクリーンに格子縞をつくり、これによって光が干渉していることがわかる、有名な「ヤングの実験」がありますが、これを光子一個一個で行った実験を実際に絵として見たのが……およそ30年ぐらい前になるでしょうか。今は亡き、当社の土屋裕さん達の先駆的な研究でした。

誰も相手にしなかった見えない光の領域

光は、光検出器に電流計やフォトンカウンターをつないでおけば、割と簡単につかまえることができます。けれども一般的な計測ではただ統計的な、全体として光が多いか少ないかといった情報しか得ることができません。われわれは、ここからフィルターを使って徹底的に光量を落としていくんですね。うんと下げていったところで、ああこれならば確かに何秒間に何個の割合で信号が出ている、光子1個1個をつかまえることになっているね、ということがわかります。ところがこうなってくると今度は、本当は信号が来ていないのに検出器が誤動作することがあるんです。ダークカウントと呼ばれるものです。というのも、そもそも「光を受ける」とは、定常状態から電子が励起された状態へ移行するなど、何らかのエネルギーの山を越えてきたものをカウントしているということなんですね。光ではない、何らかの熱がたまたまポーンと来て、閾値を超えていく場合がある。これに対処するために、検出器の温度をどんどん下げていくというのは比較的知られた方法ですが、実際にはそれだけではダークカウントはぜんぜん消えません。特に可視光よりも波長の長い光では、黒体放射(輻射)の影響が大きい。つまり、物はすべて温度を持っていて、その温度によって決まった分布で、実際には光(電磁波)が放射されています。この分布は広いすそ野を持っていて、近赤外線ぐらいまでいけば非常に弱いので、今までは誰も相手にしてこなかった。しかし光子一個一個を見るとなると、圧倒的にこの黒体放射から来るほうが多いんですね。

光の解明=量子の新しい世界

しかしこのようなノイズとの闘いを克服し、可視域を超えた近赤外領域でも、1秒間に実際にフォトンがいくつ来ているのかがきちんとわかるようになってきたのは、ようやく最近のことです。ある程度黒体放射の影響を取り除けるようになってきたのです。フォトン1個1個というのは、まさに量子の世界ですから、僕らは道具を提供することを通じて、量子の新しい世界を広げていかなければいけない。そのような中で私自身、現在、近赤外だけでなく中赤外線域の光検出器に取り組んでいるところです。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #002

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