量子情報の最先端をつたえる
Interview #004

水落憲和准教授 大阪大学
公開日:2013/01/15

有名な「ムーアの法則」で量子領域に入ると予言されたのが、およそ2010年代。2013年を迎えた今、私たちはそんな未来に、そろそろ差し掛かってきています。シリコンに代表される半導体産業がさまざまな模索を続けるなか、“筋がいい”と浮上してきた材料のひとつが、ダイヤモンドです。工業用ではすでに「天然モノを上回る」品質と言われる人工ダイヤモンドは、近年その開発が盛んで、なかでもダイヤモンド中の「NV中心」と呼ばれる不純物が、大きな注目を集め始めています。物理と化学とにまたがる「スピントロニクス」という最先端研究領域でダイヤモンドを扱う、大阪大学の水落憲和准教授にうかがいました。

【1】なぜダイヤモンドなのか?

室温で、量子の世界を保持できる

一般に量子状態はたいへん壊れやすいのですが、ダイヤモンドの場合は室温でも安定しており、十分長く量子特有の「重ね合わせ状態」を保持できるという大きな特徴があります。それにはいくつかの理由がありますが、簡単に言うと1つには、ダイヤモンドの結合が強く硬いことが重要です。またダイヤモンドが単元素であり、炭素という1種類の元素からできているので、材料が持つ不純物や欠陥の影響を除去しやすいという点も挙げられます。量子ドットや超伝導などいろいろな固体系で、なるべく長く量子性を保持しようという研究が行われていますが、それらとの大きな違いは、ダイヤモンドなら「室温でできる」ということです。いまのところ世の中で、室温で一個のスピンを操作したり、検出したり、観測できるのは、ダイヤモンド中のNV中心だけです。

欠陥部のスピンが量子情報を担う

NV中心とは、ダイヤモンドの結晶中、本来は炭素(C)があるべきところに窒素(N)が置き換わり、その隣りに空孔(V)がある複合欠陥のことをいいます(→#001図参照)。NV中心が電子1個を捕獲して負に帯電したとき、NV中心はスピンと呼ばれる磁気的な性質を示します。そのスピンの向きを1量子ビットの信号として扱い、量子演算したり、量子メモリーとして使っていこうというわけです。たとえばシリコンでも同様に不純物であるリン(P)の電子スピンを使うという考え方ができるわけですが、リンは約マイナス240℃程度の温度でも、電子を放出してしまい電子スピンの性質を失います。ダイヤモンドは結合が強く硬いため「バンドギャップ」が広く、数百℃以上の高いエネルギーを加えてもこの電子を放出しないという性質があり、このことがスピンの安定に役立っています。この他、スピンの量子情報を壊す原因として、結晶構造の変形のしやすさを表す指標である「弾性係数」や、他の不純物や欠陥が持つスピンの存在などがありますが、ダイヤモンドは硬く、また不純物や欠陥については近年、合成技術が進歩したことが、スピンが持つ量子情報を室温で長く保持させることに貢献しています。

ピンクダイヤモンド、桃色の理由

ところで、ダイヤモンドに炭素以外の物質が混入すると、物質によってそれぞれの色味がかかった「カラーダイヤモンド」になります。一番混入しやすいのが窒素で、天然ダイヤモンドには、このややオレンジ色がかった「イエローダイヤモンド」が数多くあります。次に混入しやすいのがホウ素で、ホウ素が入ると青色になり、やや高価な「ブルーダイヤモンド」になります。一番美しいと考えられているのが「ピンクダイヤモンド」ですが、これには諸説あって、ひとつにはNV中心のような空孔系の欠陥が複合してああいう色が出ているのではないかと考えられています。NV中心だけが含まれている場合には、ピンクというよりもやや紫っぽい色になりますね。

半導体としての人工ダイヤモンド

いま、われわれが実験で主に使っているのは人工のダイヤモンドです。ダイヤモンドは事典などで調べると絶縁体だと書いてあるものもありますが、人工的に不純物を入れることによって、半導体という特性を持たせることもできる。人工であることの大きなメリットは、自由に欠陥、つまりNV中心を入れられることなんです。しかし欠陥だらけだと、NV中心が多すぎて光りすぎてしまい、スピン1つ1つを区別できません。スピンを独立に扱えるようにするには0.1ppb(10億分の1)──炭素が100億個のうち、NV中心が1個が未満という割合──が必要になります。実はこの十数年くらいで技術が急速に発達し、以前より何桁も高純度なダイヤモンドが作られるようになってきており、これには私たちもたいへん驚いています。ダイヤモンドは炭素という非常にありふれたものから作られますから、今後工業用として開発が進めば、いっそうの低価格化も見込まれます。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #002

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