フィラメントはなぜ切れる?

テラヘルツ波に注目した量子の研究30年

2020.02.28

フィラメントはなぜ切れる?

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テラヘルツでハイブリッドする

平川教授は近年、新学術領域研究「ハイブリッド量子科学」(2015〜2019年度)に参加して、「テラヘルツ」でまた新しい、ユニークな成果を生み出しつつある。物性や材料を扱う物理学の研究室では、一般に、ある特定の物質や物理系を専門として、それに集中した実験が進められることが多い。しかしこのプロジェクトでは、研究者がそれぞれの物質の性質や機能を持ち寄り、理論班も加わって、量子物理学の世界で2つ以上の物理系を架橋=ハイブリッドする共同研究が活発に行われた。

その中で平川教授が注目したのは、フォノン班が作っているナノスケールの機械的な構造体「MEMS(Microelectromechanical systems、マイクロサイズの機械構造デバイス)」である。「中央がギターの弦のように振動するミクロな橋のような構造(両持ち梁という)を作っている研究チームがあって、これをテラヘルツの検出に使ってみようと思いました。」

MEMSに光を当てると、光が熱に変わって、両持ち梁がほんの少し暖まり、熱膨張する。ちょうどギターの弦が弛むのと同じように、振動する両持ち梁の部分の振動周波数(音程)が下がる。これを利用してテラヘルツ光を検出したり、たとえば極めて高感度に温度を測ったりすることができるのである。

「驚異的に感度がよくて、1マイクロケルビンの変化を測定できます。さらに、今までのテラヘルツ検出素子と比べて、検出速度が100倍も上回ることがわかりました。」

平川一彦教授(東京大学生産技術研究所)

超高感度スキャナとしてのテラヘルツ

この検出器のさらにいい点は、普通の微細加工プロセスで量産できることだ。「普通のテラヘルツ検出器は、世界で何人もいない特殊な技術を持つ職人さんが組み立てていて、すごく高純度な結晶に丁寧に配線を付けて、やっと1台できる──といった状況なんです。ですから、検出器を並べてアレイ化するなんてとんでもない話でした。」

検出器を複数個並べて使えると、たとえばイメージングなどへの応用も現実的になる。しかも従来のものと比べると、1フレームの画像を撮るのに100倍以上速いという。「テラヘルツ波を用いることで、隠している危険物などを発見するボディースキャナになりますし、赤外の波長では温度の情報を見るサーモグラフィも可能になります。」

このほか暗闇で人を感知する暗視装置や、がん検査などへの応用等々、テラヘルツの応用の展望は広い。平川教授の周囲でも、特にテラヘルツ波による量子計測に関心を持つ企業の方が増えており、長年の基礎研究が、いよいよ社会の中の技術として歩み始めようとしている。

取材・文:池谷瑠絵
 取材協力:平川一彦
 写真(特記外):河野俊之、池谷瑠絵