量子情報の最先端をつたえる
Interview #005

上田正仁教授 東京大学
公開日:2013/03/15

20世紀末から今世紀にかけて実験技術の急速な発展により、大きく発展してきた量子情報の分野。第5回のインタビューは、なかでも冷却原子気体のボース=アインシュタイン凝縮、さらに熱力学にも連なる、量子の「理論」研究に取り組む、東京大学の上田正仁教授を訪ねました。上田教授の関連領域でも1997年にレーザー冷却を開発した3人の科学者が、2001年には気体でのボース=アインシュタイン凝縮を実現した3人が、さらに2005年にもレーザー技術関連で、とノーベル物理学賞の受賞が相次ぎ、この分野の実験的成果のインパクトの大きさがうかがわれます。アインシュタイン、ベルなどの理論家たちの予言が、世紀を越えて実証される一方で、急速に発達した実験の最先端技術を使って、理論家は今、どんな物理現象を検証したいと考えているのでしょうか──さっそくお話をうかがいましょう。

【1】ミクロの世界がマクロに見える!

気体のボース=アインシュタイン凝縮

ボース=アインシュタイン凝縮(Bose-Einstein condensation, BEC)は、インドの物理学者ボースと、アインシュタインが1920年代に提案した古くからあるテーマです。実際に液体ヘリウムの超流動という現象がありますが、これがボース=アインシュタイン凝縮であることも1930年代から知られていました。これに対して気体のボース=アインシュタイン凝縮は比較的新しいテーマで、1995年に米国のグループによって初めて実験によって実現されたんですね。まず真空中に磁場をかけることによってコップのような形状をした「磁場トラップ」を構成し、そのなかに原子を捕捉しておきます。レーザーなどを使ってこれを絶対零度近くまで冷やしていくと、エネルギーの低いコップの底へどんどん原子が集まっていきます。最低エネルギー状態に達すると、コップの底の約10立方マイクロメートルの中に、全く同じ状態の原子が100万個ぐらい凝縮されるんです。この成果を聞いて私はたいへん興味深く思い、それまで行っていた研究をやめてこの分野に入ったんです──1996年のことでした。

ボース=アインシュタイン凝縮は希薄である

ところが10立方マイクロメートルの中に100万(10の6乗)個というのは、ものすごく希薄なんですね。たとえば液体で考えると、同じ空間に水分子を詰めるとおよそ10の14乗個ぐらい入ります。空気と比べても、10万分の1ぐらい。「ボース=アインシュタイン凝縮」というと密度が高い印象を与えるけれども、実際は逆で、水や空気に比べてはるかに希薄なんです。原子1つの大きさはだいたい1オングストローム(= 0.1ナノメートル)ぐらいですから、この大きさを基準とするとその約1,000倍ぐらい、原子と原子の間隔は離れている。これはちょっと考えると不思議です……それだけスカスカな状態なのだから、それぞれの原子は他の原子とは関わりなく動きそうなものですよね? にもかかわらず、すべての原子が同じ状態になるのはなぜかというと……原子が量子であるおかげなんです(笑)。原子は高温では「粒子」のように振る舞いますが、温度を冷やせば冷やすほど、より「波」として振る舞うようになる。1,000万分の1ケルビンぐらいまで冷やすと1個1個の原子の波としての広がりが、1マイクロメートルぐらいになります。すると1個の原子のある1方向の広がりの中に、他の原子が10個ぐらい入ります。こうして波と波が重なって全体としてひとつの波の状態となり、すべての原子が同じように動く状態になっているんですね。

量子の性質が目で見える!

気体のボース=アインシュタイン凝縮は、最初はアルカリ原子と呼ばれるルビジウム(Rb)、ナトリウム(Na)などで実現され、最近では、磁石の材料になるクロム(Cr)など10数種類の原子でできるようになっています。1つ1つは小さいけれども、100万個の原子が同じ状態に入ると、10マイクロメートルもの大きさになります。直接目で見るにはちょっと小さいんですが、光を当てると光るため、CCDカメラ等を使えば十分見ることができるんです。同じ状態というのは、同じ性質を持っているということですから、ふつうは見ることができない量子の性質が拡大されて、目で見える!──これがこの分野の1つの大きな魅力ですね。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #005

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