量子情報の最先端をつたえる
Interview #008

玉木潔 研究主任 NTT物性科学基礎研究所
公開日:2013/10/15

【3】「絶対安全」をいかに支えるか

「サイドチャンネル」には2つの種類

量子鍵配送に対するサイドチャンネルアタックの中には、現代暗号にしかけられるものと同様のものもあります。たとえば、送信者・受信者の2者間で通信する場合、それぞれの拠点はちゃんと守ってくださいという大前提があります。比喩的に言うと、量子鍵配送がいくら破れない金庫をつくっても、金庫のダイヤルを回しているところを見られたのでは敵わない、というわけです。一方で、量子特有のサイドチャンネルというものもあり、これには量子ならではの対策が知られています。たとえば量子鍵配送のシステムのうち最も安全性が薄弱な光検出の部分を狙った「ブライトパルス・イルミネーションアタック」という攻撃があります。これは検出器が光子ひと粒ひと粒という極めて微弱な光を受け入れようと待っているところへ大量の光を照射し、目くらましのような効果で機器の性能を狂わせて盗聴しようというものです。

ユーザにいろんなメリットがある新方式

しかしこの攻撃は、光のパワーを監視し、強いパワーを検出したら一旦停止するといった対策で、比較的簡単に撃退できます。また検出器の薄弱性を完全に克服する「測定装置無依存QKD(MIDQKD)」という新しい方法も、2年前に登場しました。これは送信者も受信者も光検出器そのものを持たず、送信装置だけでひたすら光子を送って、2つの光子が出会う中間地点で2つの光子間に相関を持たせます。そして相関が生成できたということを2者に伝え、生成に成功したデータだけを処理して、安全な鍵を生成するものです。この方法は、量子特有の重要なサイドチャンネルを完ぺきに防げるだけでなく、ユーザ側で備えなければならない装置が簡略化される点でも、おもしろいアイデアです。ユーザが比較的高価な光検出器を備える必要がないため、大幅なコストダウンにつながります。さらに送信側・受信側という区別がないので、単純に光子の経路を切り替えるだけで任意のユーザと通信が開始でき、ネットワーク設計もシンプルになるわけです。

メンテナンスフリーで長期運用試験をクリア

また2010年以降の大きな前進の1つは、高い鍵生成レートを維持しながら、何10日もメンテナンスフリーで稼動できる量子鍵配送システム全体の進化です。量子鍵配送の通信網は光ファイバーですが、電柱に他の回線と一緒に束ねられてぶら下がっている電線の中の1本なんですね。ところが朝、太陽が昇ってくると、電線に日光が当たります。すると途端に光ファイバーの中が、ひどい雑音だらけになってしまうんですね。そういう条件下で更に13dBという高い損失下でも昼夜問わず安定稼動して、生データのエラー率が平均1.7%といった驚異的に小さい値に収まっています。このようなユーザ側での使用を前提とした長期安定試験に加えて、各コンポーネントの寿命を見積る作業も行っています。

光子検出器の精度アップで通信距離がさらに伸長

大きな前進といえばもう1つ、光子検出器の大幅な精度アップがあります。つい最近まで単一光子の検出率といえば、比較的効率のよい超伝導を使っても15〜20%程度だったのが、最近93%ぐらいまで上がってきました。達成の理由は、反射してしまった光を戻すミラーの設置や、材料の工夫など細かい努力の積み重ねです。光子検出器の性能が量子鍵配送の長距離化を阻む大きな要因となっていたため、現在50キロ程度の通信距離が、100キロ、200キロといった長距離化につながります。ところで今、注力しているのは装置の小型化と導入の際の自動化、そして更なるサイドチャンネル対策なんです。量子鍵配送の装置がユーザの手に渡る日へ向けて、これまで積み上げてきたシステムの安定性・信頼性・高速性と理論的な知見といった要素の上に、ユーザのニーズにも合うよう本気で装置を洗練してみよう、と取り組んでいます。
(文:玉木潔・池谷瑠絵 写真:ERIC)

玉木潔 研究主任プロフィール

NTT物性科学基礎研究所 量子光物性研究部 量子光制御研究グループ 研究主任。専門は、量子鍵配送理論。東京工業大学理学部物理学科、理工学研究科修了後、2001〜4年、総研大へ進学し、井元グループ、小芦教授の指導で博士号を取得。博士過程の半年間を、ドイツのフリードリヒ・アレクサンダー大学エアランゲン=ニュルンベルクで研究。その後カナダにあるペリメータ理論物理学研究所、トロント大学を経て現職。安全性証明の美しさに魅せられ量子鍵配送の道へ。「量子力学という日常生活では知らなくても全く支障にならない原理が、情報の安全という日常の背後に存在していることに面白さを感じます」。

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Welcome to the Quantum World #008

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