量子情報の最先端をつたえる
Interview #012

藤原幹生主任研究員東京大学
公開日:2014/07/15

【2】もはや笑ってはいられない

QKDにはどんな特徴があるか

ところで現在のネットワークで主に使われている公開鍵方式は、80年代に開発された現代暗号の一つです。これはコンピュータが素因数分解を解くのに時間がかかることを利用した「計算量的安全性(アルゴリズミック・セキュリティ)」によって保証されています。しかしその後のICT技術のめざましい発達により、そろそろ有限時間で担保するのが難しくなってきています。一方で量子暗号は、未来永劫にわたって継続的に秘密が保てる「証明可能安全性(プルーバブル・セキュリティ)」のある暗号方式です。離れた二者間で乱数が共有できるQKDを、ワンタイムパッド─なんと60年も前に開発された暗号ですが─で運用して、情報と同等以上の長さを持つ暗号で送れば、理論的に絶対安全な通信を実現することができます。実はこれ、4,000年もの暗号の歴史の中で人類が初めて手にできた、暗号化と解読の戦いに終止符を打つ技術なんです。このことを振り返ると、なあんだ、QKDの実装化にわれわれが苦労しているのは、むしろ当たり前じゃないか、とも思えてきます。(笑)

「笑われる」フェーズ

「すべての真実は三段階を経る」という格言があるそうです。第一段階は「笑われる」。そんなことできるわけないじゃないか、と最初は馬鹿者扱いされるんですね。第二段階は「大反対される」。できることはわかったが、やめとけ、と。ところが第三段階に至ると、「当然のごとく受け入れられる」。「真実」を「QKD」と読み替えると、QKDは光子ひと粒ひと粒に情報を乗せて送ろうという技術ですから、「1光子を光ファイバーで飛ばすなんて、実装できるわけがない」と、まさしく最初は笑われたものです。第二段階は、光ファイバーネットワークとして、本当に実用化できるのか、コストはどうなのか、各国首脳間のホットラインぐらいしかニーズがないのではない……そんなふうに大反対されています。

忘れてはならないスノーデンの警鐘

しかし近年、米国や中国などの国々ではQKDの実運用へ向けた開発が活発であり、少なくとも笑ってはいられない段階に来ています。大きなきっかけとなった事件のひとつが、2013年に世界的な話題となったエドワード・スノーデンの告発です。ご周知のように、アメリカ国家が、通信路から光を盗む「ファイバータッピング」という簡単な方法によって、われわれのすぐそばで個人情報を収集していることが明るみに出されました。それまで情報は、いったん光ファイバーの中へ入れてしまえば漏れることはない、と暗黙裡に考えられていました。しかし標的となった大陸間光ファイバーは、通信路上の障害によってSN比が落ちてもサービスが停止しないよう、特に光を増幅しているため、少しぐらい光が盗まれても感知できません。このことは、たとえば一般の集合住宅に引き込まれているホームファイバー等も同様で、タップすれば隣人の情報が盗めてしまうということなんです。スノーデンによって、個人情報漏洩の危険性は、本当に身近なところにあるんだという事実が突きつけられたと言えるでしょう。

世界の様子をながめてみよう
Welcome to the Quantum World #012

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