量子情報の最先端をつたえる
Interview #002

佐々木雅英室長 情報通信研究機構
公開日:2012/07/10

【3】極低温の冷凍庫から、ついに室温の世界へ

最高機密を必要とする通信の基幹部分から

機密保持の必要性に応じて、基幹の部分で量子技術へバトンタッチしていく流れは、欧米でもすでに始まっています。おそらくここ5〜7年のうちに、日本のしかるべきところで試験的運用が始まるでしょう。まずは国家間、銀行間といった機密性の高い、特別なネットワークで採用され、次に個人情報保護に関連してインターネットにはつなぎたくない、病院や検査機関を結ぶネットワークなどでの利用が予想されます。またこれに関連して、量子鍵配送を担う装置も、用途に応じて出番が異なってきます。超伝導の光子検出器は大きく高価で、かつ極低温まで冷やす電力も必要ですが、半導体の光子検出器はコンパクトな装置で済む。したがって、前者はキャリア等が提供するサービスのバックグラウンドで稼動するのに、後者は銀行間通信などで利用が進むでしょう。

医療機関の現場でのQKD応用例

また医療機関の現場を考えると、お医者さんのコンピュータの中にある患者さんの検査履歴や既往歴等のデータが、病院間のQKDネットワークでしっかり守られているとしても、診察を受ける患者さんと本当に同一人物なのか「本人認証」が必要なことがわかります。このような認証では、必ず2つ以上の技術を併用する必要がありますから、ヒューマンエラー防止のためにも、まず患者さんの指紋や瞳孔などによる本人確認が必要です。そして、おそらくタブレットやICタグのような装置を使ってお医者さんのコンピュータと接続する──その際、ユーザが気づかないところでQKDが働いて高頻度で量子鍵を提供し、盗聴を防ぐといった応用が考えられますね。病院内の閉じたネットワークを考える場合には、決して長距離通信する必要はない点も、実現をいっそう身近にします。

光ファイバーで私たちの暮らしの中へ

普及の進む光ファイバーは、透明度が高く、量子通信には欠かせないインフラです。僕から見ると、光ファイバーでつながれたネットワークは、まさに量子そのものの世界なんですね。しかもこの伝送路はすでにかなりのところまで制御できており、あと一歩、小型で安い光子検出器さえあれば、各家庭に光子を届けられるところまで来ています。光子で鍵さえ配送できれば、暗号化と復号化は単なる足し算と引き算ですから、ほとんど計算遅延が生じません。つまりユーザは不便を感じることなく、エバーラスティング・シークラシーを保った究極の安全性を享受できるようになるのです。ただ巨大市場で長い利用実績を持つシリコンチップや光通信技術などとは違って、量子鍵配送の装置となると、限られた企業や研究機関がここ5年ぐらいの経験しか積んでいないのは、先端研究の難しいところですね。なんとか小型で安い量子鍵配送装置を製品化し、量子の世界のメリットをみんなが利用できる日へ向けて──日々奮闘しています。
(文:佐々木雅英・池谷瑠絵 写真:ERIC)

佐々木雅英室長プロフィール

1986年東北大学理学部卒、理学博士。独立行政法人情報通信研究機構 未来ICT 研究所 量子ICT 研究室 室長。専門は量子情報通信の理論及び実証実験、光波光子統合制御、光子検出技術、量子暗号ネットワーク。1992年〜1996年NKK(日本鋼管株式会社、現JFE ホールディングス)勤務、量子デバイスを研究。郵政省通信総合研究所研究員を経て、2001年4月より独立行政法人情報通信研究機構基礎先端部門 量子情報技術グループ グループリーダー。約10年にわたり量子鍵配送の実証実験と実用化のチームを率いる。「なぜ量子鍵配送に取り組むことになったんですか?」の質問に──「運命でしょうねえ」。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #002

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