量子情報の最先端をつたえる
Interview #006

サイモン・デヴィット 助教 国立情報学研究所
公開日:2013/06/15

去る2012年5月28日、国立情報学研究所当研究室の根本香絵教授とその研究チームから、量子コンピュータ・ゲーム『meQuanics(メカニクス)』体験版が公開されました。量子をテーマとしながらも、プラグインをダウンロードすればウェブ上で誰でもプレイできる身近さが特徴というこのゲーム。データ集積による集合知で量子コンピュータ喫緊の問題解決を図る「オープンサイエンス」の場を提供するものとして、シンガポール国立大学など4つの世界的な量子情報科学研究拠点からも同時発信されました。量子コンピュータはこれからどうなるのか?──そんな期待や疑問にも応える、最先端研究ネットワークから発信されたこの新しいゲームについて、第6回のインタビューは国立情報学研究所サイモン・デヴィット助教に、詳しく聞きました。

【1】量子コンピュータがなぜゲーム?

開発のそもそもの始まりは……

そもそもは、オーストラリアの大学にいる共同研究者と「Google Sketchup」という3Dのプログラムを使って、トポロジカル量子コンピューティングの回路をデザインしていたのがきっかけでした。われわれはスカイプでやりとりしながら、画面でパズルを操作していたんです。ところがGoogle Sketchupは、パズルを操作することはできるのだけれど、ユーザの動きを制限するようなルールは入っていません。だから2人ともしょっちゅうミスをして、つまり量子コンピュータの回路として正しくない構造にしてしまうので、何回もやり直さなければなりませんでした。……そこでわれわれは、回路として誤りのないような動作しかしないソフトウェアを書くべきだ、と考えるようになったんです。

生物学のゲームより「シンプル」にすべき

どんなゲームにしたらいいか話し合うなかで、いろいろな科学的ゲームを調べてみると、バイオロジーの分野にいくつか例がありました。ほどなくタンパク質の構造を"折りたたんで"解く『foldit』というゲームを知り、自分たちもこれと同じことをやるべきだと思いました。というのもトポロジカル・コンピューティングも構造の問題であり、『foldit』と同じように解くことができるからです。しかし生物学のゲームは複雑で、説明を読んでも問題そのものを理解するのがなかなか難しい。そこでわれわれは、もっとシンプルにしよう、と考えました。物理や量子コンピュータについて説明する必要もない、と。生物学や化学と違って、量子力学はある意味で特別なものです。つまり、人々は量子を単に「ヘンなもの」だと思っています(笑)。実際、量子はとてもトリッキーで、人々に説明するのはたいへん難しい。ところが仮にウェブのたとえばyoutubeなどで量子力学や量子コンピュータをサーチしてみましょう……結果は、まるで科学的ではない説明だらけです。これらは物理学者が発信したものではなく、量子力学はヘンだ、と考える人々の空想だからですね。『meQuanics』は教育を目指したゲームではないにかかわらず、科学に忠実である点で、より厳密に教育的なものだと言えるでしょう。

オープンサイエンスの醍醐味

『meQuanics』体験版リリースの際、Twitter、Google+、Facebookのアカウントを公開しました。ほんの少しですが、直後からフォロワーがつき始めたんです。おもしろい量子コンピュータとGood Gameという組み合わせは、明らかに多くの人々にアピールしている。コンピュータに詳しいギークたちや、量子力学や量子コンピューティングを勉強していたり関心を持っている人々はどうでしょう?──なぜこの回路があるのか、どうしてこういうルールがあるのか知りたいと思うかも知れない。そこでそのような人々に役立つような情報をSNSで提供しようと思っています。一方、ゲームには非常に大きな市場があります。私もよく電車でゲームしている人々を見かけますが、彼らは科学的な背景などは気にしないでしょう。しかしもし人々が『meQuanics』をプレイしていて解決を生みだしたら、われわれはそれを元に論文を書き、プレイヤーである彼らはわれわれの論文の共著者になる。それはあなたかも知れないし、あるいはまだ中学も卒業していないティーンエイジャーだった、ということだって大いにあり得ます。特に競争の激しいアメリカ社会で、ちょっと科学に興味があるティーンエイジャーたちに、『meQuanics』は強力なインセンティブになるかもしれない。オープンサイエンスの可能性は測り知れませんね。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #006

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