ようこそ量子特別講義
Interview #015

大森賢治教授 分子科学研究所
公開日:2015/04/15

【3】波が粒子へ変化するミステリーを解く

ノーベル賞受賞者たちとの会話から。

「波はいつどのように粒子へ変化するのか」という議論は、近代量子力学の成立以来、幾度となく繰り返されてきました。たとえば、これはノーベル賞受賞者のひとりであるユージン・ウィグナー(1902 - 1995)の意見─彼は、検出器の側で現象を観測し、出力を確認している人が「あ、ドットが出た」と、意識した瞬間に波が粒子になると考えればいいのではないか、と言いました。このことは、何かを観測するという物理的な行為は、決して自明なものではないということでもあります。観測とはどういう行為なのか、という問題は物理学だけにとどまらず、科学全体にとっても最大の謎のひとつと言うことができるでしょう。一方、確率的な状態の「どれ」に決まるかは、環境が選択するのだという考え方の人もいます。量子の世界は可能性としての現実がいくつか重ね合わさったものであり、環境(ヤングの実験の場合は例えばスクリーン)と相互作用することによって、その中から1つが選択されるのだ、というのです。たとえばロスアラモス国立研究所の理論家ズーレックも、このような考えの一人です。また昨日、私は、ヘリウム3の超流動の発見によりノーベル賞を受賞されたオシェロフ(1945 - )さんと議論しました。オシェロフさんは、あらゆる階層の自然現象を孤立した電子や原子の波からボトムアップで一元的に理解しようとする姿勢には必ずしも賛同できないようでした。しかし、孤立した原子や電子の波とヤングの実験のスクリーンのような巨視的な固体との間の接続に関しては、ここ数年ボトムアップ的な手法がよく頑張っていると言われていました。そこの間は接続できるんじゃないかと期待されているようです。

われわれの仮説─検出器があやしい!?

波はいつどのように粒子へ変化するのか─私の挑戦は、いまだ誰も理解していないこのミステリーを解きたいということです。これにはまず何か仮説を立てて、それを実験にのせて正しいかどうかを検証する、科学的なアプローチが欠かせません。難しい問題なので、ややもすれば哲学になったりしますが、私は「物事は実験にのらない限りサイエンスにならない」と考えています。そしてわれわれの仮説は「検出器で何かが起こっているはずだ」というものです。たとえばスクリーンを少し前にずらせば、ドットはその位置で検出され、つまり粒子への局在化が起こります。逆に少し後ろへずらしたら今度はそこで起こる。ということは、この検出器の中で起こっているんだけれども、それがものすごく速く起こっているので、不連続に変わっているように見えてしまうのではないか? もしわれわれがこの現象をすごく速く見ることができたら、連続的に時間発展する物理系のダイナミクスとして見られるかもしれない─と私は期待しています。測ってみないとわかりませんが、たぶんフェムト秒、アト秒といったスケールではないでしょうか。

謎解きは、アト秒との戦いへ。

ところでフランスのセルジュ・アロシュ(1944 - )は─彼もノーベル賞受賞者ですが─光を閉じ込めたキャビティ(小箱)の中で、光子の数が階段関数的に変化する様子を目撃しています。そこで以前、彼に「途中の状態がなかったけれども、急に変わってはいないのではないか?」と問いかけたら、さっそく同意してきた上で「残念ながら自分達の装置には途中を見る程の時間分解能が無いんだよ」と嘆いたので、続けて「どれくらいだと思う?」と聞いたら、「わからないけど数フェムト秒かそれより短いぐらいかな」と回答してくれました。彼もそのくらいなんじゃないかと思っているんですね。まだ見えてないからわかりませんけれども。


(文:大森賢治・池谷瑠絵 写真:水谷充)

大森賢治教授プロフィール

自然科学研究機構分子科学研究所教授。専門はアト秒量子エンジニアリング。1987年 東京大学卒、1992年同大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。東北大学助手・助教授を経て2003年9月より現職。2007年日本学術振興会賞、同年日本学士院学術奨励賞、2009年アメリカ物理学会フェロー表彰、2012年フンボルト賞他、受賞多数。光と物質の相互作用を極めて高速に観測・制御する技術や、時空間における分子の振る舞いをフェムト秒ピコメートルの精度で可視化する技術で、世界的に知られる。もう一つの顔は、音楽。高校・大学時代はオルタナティヴ系の4ピースロックバンドを組み、メジャーデビューを目指していたという。1962年、熊本生まれ。

量子の世界をのぞいてみよう
Welcome to the Quantum World #015

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